School situation学校の様子

太平洋戦争 開戦の日に

 1941年(昭和16年)12月8日、太平洋戦争が始まりました。開戦当初、連日の日本の戦果に多くの人々が歓喜し、その「時代の空気」に飲み込まれていきました。 
 太平洋戦争での日本の戦没者は、310万人(政府発表)で、兵隊・軍属が230万人、民間人が80万人とされています。
 当時、日本には徴兵制があり、招集令状が届くと、人々は戦地に赴かなければなりませんでした。「戦地に赴く」「出征する」ということは、生きて帰れる保証はありません。皆、死を覚悟して、家族と別れました。
 
 今回、地域で平和教育の活動をされている方から招集令状の写しを学習資料としていただき、玄関に掲示しました。

 今なお、世界では、ロシアのウクライナ侵攻、イスラエル・パレスチナ紛争など、各地で命を奪い合う争いが絶えません。

 戦後80年となり、当時のことを知る人も少なくなりました。

 生徒たちは、戦争を経験した方から直接お話をうかがったりする機会も少なく、学校では社会科や国語科の文学教材で学習するくらいになりました。
 光村図書出版の国語教科書には、「ちいちゃんのかげおくり」(小3)、「一つの花」(小4)、「大人になれなかった弟たちに…」(中1)など、戦争を題材とした教材が収録されています。これらの作品には、空襲で家族をなくし、その後自分も亡くなった子、父親を兵役で亡くした子、栄養失調で大人になれなかった子どもたち……。いずれも虚構の作品ではありますが、子どもの目を通した当時のリアルな社会が反映されています。

 現在、世界には当時と同じような境遇にさらされている子どもや大人たちがたくさんいます。このような世界の情勢に関心をもち、心を寄せてくれることを願います。